イヴ叢書は絵画や写真、オブジェ、彫刻などのビジュアル作品と、詩や短歌、小説、エッセイなどのテキスト作品とで構成される二人の作家のコラボレーションによる画文集である。この叢書の方針として、編集者からは全十篇をとおしての共通性を保ちながらも、各篇ごとに独自性をもたせることが前提条件として提示された。
叢書とはある一定の形式にしたがって継続的に刊行され、まとめられるものだと定義すれば、通常は定型フォーマットを設定するという枠組みが必要とされる。しかしイヴ叢書では、毎篇、個性のまったく異なるビジュアルとテキストを制作する作家が登場するために、定型フォーマットを設定することはむしろ障害となることが予想できた。
したがってA4正寸32ページ、中とじ糸かがり、扉、奥付など、容器として機能する書物の体裁以外のすべて、つまり使用活字書体、組版体裁とその規定、ノンブル・柱の有無と位置、レイアウト・フォーマットの一切を設定しないことをフォーマットとした。
具体的には、第一篇の『墓地裏の花屋抄』の構造を組み立てていくのと同時に、以後の九篇との連続・非連続性を考慮するという、無計画ともいえる楽観的な態度でスタートしたが、このゆるい設定がのちに展開される各篇の自在性と独自性にとって、かえって有効に働いていると考えている。
本文用活字書体の選択
制作に関してもっとも考慮しなければならないのは、本文に使用する活字書体の選択である。なぜなら本文用活字書体の選択とは、全体像の組み立て以後に直面する具体的な制作工程の第一歩であり、その第一歩としての活字書体選択が書物の設計と書物そのものの性格を視覚面から決定づけるからである。
書物に限らず印刷物の制作においては、活字書体の選択ほど難解なものはないが、ある一定量を超える文筆量であれば、可読性(Readability)と判別性(Leglbility)、活字書体への視覚の馴致、文字種、出力環境などの諸条件によって、おのずとその選択肢は限定される。
しかしイヴ叢書では、そうした制約は無きにひとしく、編集者からはむしろ書物の性格や目的に応じた能動的な書体選択を求められた。イヴ叢書における活字書体の選択基準は、テキストおよびビジュアルの内容、形態、両作家の指向性のいずれかに重心を置くことによって決定したが、その重心は篇ごとによって異なる。
先の諸条件から導き出される活字書体の筆頭は、活字版印刷術が渡来して以降、わが国において改刻され標準化された明朝体活字だが、諸条件を取り払った書体選択となると明朝体活字を選択する理由は限られるため、逆に書体の選択肢は一気に狭められることになった。
とくに第一篇の短歌では、試験的に明朝体活字や軟体楷書系活字を組んでみたものの、標準化と精緻化がなされたこれらの静認な活字書体では、テキストの持つむき出しの感情と身体性に対応しきれないばかりか、テキストにまとわりついてV)た必要不可欠な雑音までもが滑り落ちてしまう結果となった。
したがって数種の活字書体を組んでみてから選択をするという、マイナス指向的な消去法をとらざるを得なかった。これは誤解を恐れずにいえば、現状の和文本文用活字書体の貧困な書体環境によるものだといってよく、欧文書体のようにヴェネチアン、オールド、トランジショナル、モダンなど、いくつものカテゴリーそれぞれに存在する豊富な本文用書体があれば、逆の意味での消去法となるのである。
消去法によらない書体選択の典型例は、第八篇の『扇面後朝抄』である。
第八篇の使用書体「なにわ」は、タイプ・デザイナー今田欣一氏が手がけた「和字Revision」におさめられた電子活字書体のひとつで、江戸中期の浄瑠璃文字に源流を持つ文字書体の再生であった。
この「和字Revision」は、従来の明朝体金属活字の復刻だけでなく、章草体系列の金属活字のほか、木活字や整版(木版)文字など、これまでかえりみられることのなかった刊本系文字書体を現代の本文用活字書体として再生を試みたものであり、この種の書体開発の先鞭をつけた画期的なプロジェクトである。
実際に「なにわ」を組んでみると、この活字書体のもつ歴史と形態的な性格も相まって、想像以上に第八篇のビジュアルとテキストに対して合致するように感じられた。また英文訳の存在によって導き出されたキリシタン版という刊本版式の構想の実現は、この活字書体なくしては考えられないことであった。
こうした活字書体の性格から導き出された組版形式は、第八篇だけでなくイヴ叢書全篇をつらぬく形態を持たないフォーマットのもうひとつの利点でもある。
プリンターズ・フラワー
イヴ叢書を視覚的に一貫したものとして成立させるために用いたのが、花形装飾活字「プリンターズ・フラワー」である。
プリンターズ・フラワーは、ルネサンス期に活字版印刷術がはじめられてから、つねに書物の中で文字活字と共存してきた表意性の希薄な「活字」であり、その形態は民族性や時代性を超越した共有形態を保持している。
そして印刷・出版人は、この花形装飾活字を400年以上にわたって過不足なく書物にしるし続けてきた。
プリンターズ・フラワーの最大の効用は、天地左右交互に組み合わせることによってあらわれる、線や面などの多様な可変造形にある。そしてその使用方法には、ある程度のモラルや歴史性などが存在するものの、記述言語の定着という文字活字に求められる制約がないために、応用と展開が自在なのだ。
イヴ叢書にプリンターズ・フラワーを用いたのは、その造形が現代の書物の形成おいていまだ有効であり、イヴ叢書に固有の存在価値をもたらすと考えたからである。
当初はこのプリンターズ・フラワーをジャケットのボーダー(飾枠)としてタイトルの周囲に配することで、ある程度の統一感と適度な変化を持たせることができると判断して用いた。しかしボーダーとしての使用方法だけでは一定の統一感のみが訴求されすぎることになり、かえって閉塞感を招くことにもつながる。ボーダーというそれまでの固定概念をはずしてパターンとして用いたのは、第四篇の『不滅の少女』からだが、これは閉塞感からの脱却と、プリンターズ・フラワーの使用方法に可能性を見い出すことのできる契機ともなった。
プリンターズ・フラワーの制作方法は,簡単にいえば金属花形装飾活字からの「トレース」だが,実際にはアウトラインをなぞるというだけでは再現は不可能で,オリジナルのサイズを割り出し,組み合わせた時の接合部分,距離,濃度を考慮しなければ,使用に耐えるものにはならない。
また金属活字によって印刷されたプリンターズ・フラワーのほとんどの形状は,紙質や印圧による,金属活字特有のインキのにじみ(マージナル・ゾーン)によって不鮮明であるため,その形状が何によって成立しているのかを理解することも必要だった。つまりたんなるトレース作業では,似て非なるものが仕上ることとなり,形態として成立し得ないのである。したがってプリンターズ・フラワーを再生する場合,その形状のもとである草花の茎や葉脈などの構造「軸=骨格」をある程度理解しなければならない。
歴史的経緯と民族間の垣根を超えて成立したプリンターズ・フラワーの形態は,現代にあっても魅力的だ。そしてプリンターズ・フラワーの存在によって,それを使うことも使わないことも,ともにデザインの範疇にあることをあらためて認識させられる。
20世紀初頭に提唱されたアドルフ・ロース(建築家1870−1933)による『装飾と罪悪』において「すべての装飾を犯罪ないし罪悪」とみなす見解の表明と,「無装飾」に代表される近代デザインの思想とその表現方法は,良きにつけ悪しきにつけ,それ以後の印刷紙面においてもおおきな影響を与えた。つまり安易に伝統を継承しただけの印刷物に反旗をひるがえし活性化をもたらすという功績の反面,抑制のきいた装飾まで排除することに連なる結果を招いて,過去の遺産を葬り去ることも同時に意味していたのだ。
とはいえプリンターズ・フラワーの復興をことさらに唱えるつもりはない。なぜなら技芸者にとっては,印刷紙面にいくばくかの生気が与えられるのであれば,活字箱に埋もれたプリンターズ・フラワーを持ち出すことを厭う理由などなにもないからだ。